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【アラベスク】  第6章 雲隠れ (前編)



第2節 休み明け [8]




 両方の耳の上で留めた、少しウェーブのかかった腰までの髪。廊下からの風に揺れている。
 窓から見える、少し遅咲きの桜。
 桜色を背景に向かい合う田代(たしろ)里奈は、本当に華のようだ。男子生徒から圧倒的人気を集めるのも、わかる気がする。
 わかる気がするし、それが嬉しい。
「どーせサボるつもりだったのよ。あれくらい言ってやって当然」
 人差し指を立ててチッチッと舌を打つ美鶴に、里奈は破顔する。
「でもさぁ、始業式早々掃除当番になるなんて、損な役回りだもん。サボりたくもなるよ」
「春休みの間にワックスかけるってのは、毎年のコトじゃん」
「でも、出席番号順で当番まわってくるからね。あ行の子は高確率で掃除当番。ちょっと可哀想」
「でっしょ〜」
 どこから聞いていたのか、男子生徒が一人、甘えたように箒を抱えて割り込んでくる。
「田代ぉ〜 やっぱ俺たち、可哀想だよなぁ〜?」
「だろぉ〜? だろぉ〜? その上大迫にまで怒鳴られちゃってさぁ〜 始業式早々可哀想だよなぁ〜?」
「うっ うん……」
 突然の割り込みに、半ば(おのの)くように一歩引く里奈。その前に、ズンッと美鶴が立ちはだかる。
「サッサとやりなさいよねっ!」
「怖ぇ〜」
「田代さぁ〜ん 助けてぇ〜」
「ちょっとっ!」
 里奈に伸びる腕を手加減なく叩き落とす。
「汚い手で里奈に触るんじゃないわよっ! サボッてないで、さっさと終わらせるっ!」
 一喝し、里奈の肩を抱くようにして教室を出た。
「相変わらずだなぁ〜」
「男どもが弱過ぎるのよ」
 里奈のお古でもらったスポーツバックをヒョイッと肩に乗せ、フンと鼻で笑って歩き出す。
 向かうは部室。
 下駄箱で靴を履き替えようとして、ふと里奈の異変に首を傾げた。
「あれ? なんで裸足なの?」
 見下ろす里奈の足は素足。靴下を履いていない。
 校則違反だと騒ぐものでもないが、里奈が裸足で上履きや靴を履くことなど、今まではなかった。
 里奈の家は躾に厳しい。そのような恰好が許されるとも思えないし、里奈が好むとも思えない。
 考えれば考えるほど不可思議な素足に、里奈が苦笑する。
「う… うん、ちょっとね」
「ひょっとして、靴下忘れた?」
 ワケないよな。
「まさか、部活も素足でやるの?」
 新手の訓練方法か?
 乗り出す美鶴に、里奈は両手を振って否定した。
「まさかっ! ちゃんと靴下履くよ」
「じゃあ、どうしたの?」
 目をクリクリとさせて尋ねる美鶴に、里奈はしばし躊躇い、やがて口を開いた。
「ちょっとね」
「ちょっと…… って?」
 そこでピンと思い当たる。里奈がこのような態度を取る時と言ったら―――
 美鶴はその先は何も言わずに視線を落し、素足を見つめ、やがて下駄箱に仕舞われた上履きに目をやった。そうして無言のまま手を伸ばした。
「あっ」
 止める暇もなく、美鶴の手が上履きに触れる。
 じっとりと、冷たい。
「なにこれっ!」
 驚く美鶴の口に掌を伸ばし、しーっ! と人差し指を立てる里奈。
 そんな少女に、美鶴は目を丸くする。
「この上履き、濡れてるじゃんっ!」
「う……」
 ………
 目を泳がせてそれ以上は何も言わない。美鶴は目を細め、伸ばした腕をひっこめ、代わりに両腕を腰に当てる。
「またぁ〜?」
 里奈は男子生徒に人気が高い。故に、女子生徒には(ひが)まれやすい。
「誰がやったか、わかる?」
 ゆるゆると首を横に振る。美鶴はふーっ! と息を吐く。
「まったくっ!」
 まるで自分が嫌がらせを受けたかのような態度。
「いい加減にしなさいよねっ!」
「あっ でも、前にみたいに画鋲入れられてたワケじゃないから」
「どっちも同じよっ」
 憮然と答え、口を曲げる。
「いいわ、私が絶対に犯人見つけてあげる」







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