両方の耳の上で留めた、少しウェーブのかかった腰までの髪。廊下からの風に揺れている。
窓から見える、少し遅咲きの桜。
桜色を背景に向かい合う田代里奈は、本当に華のようだ。男子生徒から圧倒的人気を集めるのも、わかる気がする。
わかる気がするし、それが嬉しい。
「どーせサボるつもりだったのよ。あれくらい言ってやって当然」
人差し指を立ててチッチッと舌を打つ美鶴に、里奈は破顔する。
「でもさぁ、始業式早々掃除当番になるなんて、損な役回りだもん。サボりたくもなるよ」
「春休みの間にワックスかけるってのは、毎年のコトじゃん」
「でも、出席番号順で当番まわってくるからね。あ行の子は高確率で掃除当番。ちょっと可哀想」
「でっしょ〜」
どこから聞いていたのか、男子生徒が一人、甘えたように箒を抱えて割り込んでくる。
「田代ぉ〜 やっぱ俺たち、可哀想だよなぁ〜?」
「だろぉ〜? だろぉ〜? その上大迫にまで怒鳴られちゃってさぁ〜 始業式早々可哀想だよなぁ〜?」
「うっ うん……」
突然の割り込みに、半ば慄くように一歩引く里奈。その前に、ズンッと美鶴が立ちはだかる。
「サッサとやりなさいよねっ!」
「怖ぇ〜」
「田代さぁ〜ん 助けてぇ〜」
「ちょっとっ!」
里奈に伸びる腕を手加減なく叩き落とす。
「汚い手で里奈に触るんじゃないわよっ! サボッてないで、さっさと終わらせるっ!」
一喝し、里奈の肩を抱くようにして教室を出た。
「相変わらずだなぁ〜」
「男どもが弱過ぎるのよ」
里奈のお古でもらったスポーツバックをヒョイッと肩に乗せ、フンと鼻で笑って歩き出す。
向かうは部室。
下駄箱で靴を履き替えようとして、ふと里奈の異変に首を傾げた。
「あれ? なんで裸足なの?」
見下ろす里奈の足は素足。靴下を履いていない。
校則違反だと騒ぐものでもないが、里奈が裸足で上履きや靴を履くことなど、今まではなかった。
里奈の家は躾に厳しい。そのような恰好が許されるとも思えないし、里奈が好むとも思えない。
考えれば考えるほど不可思議な素足に、里奈が苦笑する。
「う… うん、ちょっとね」
「ひょっとして、靴下忘れた?」
ワケないよな。
「まさか、部活も素足でやるの?」
新手の訓練方法か?
乗り出す美鶴に、里奈は両手を振って否定した。
「まさかっ! ちゃんと靴下履くよ」
「じゃあ、どうしたの?」
目をクリクリとさせて尋ねる美鶴に、里奈はしばし躊躇い、やがて口を開いた。
「ちょっとね」
「ちょっと…… って?」
そこでピンと思い当たる。里奈がこのような態度を取る時と言ったら―――
美鶴はその先は何も言わずに視線を落し、素足を見つめ、やがて下駄箱に仕舞われた上履きに目をやった。そうして無言のまま手を伸ばした。
「あっ」
止める暇もなく、美鶴の手が上履きに触れる。
じっとりと、冷たい。
「なにこれっ!」
驚く美鶴の口に掌を伸ばし、しーっ! と人差し指を立てる里奈。
そんな少女に、美鶴は目を丸くする。
「この上履き、濡れてるじゃんっ!」
「う……」
………
目を泳がせてそれ以上は何も言わない。美鶴は目を細め、伸ばした腕をひっこめ、代わりに両腕を腰に当てる。
「またぁ〜?」
里奈は男子生徒に人気が高い。故に、女子生徒には僻まれやすい。
「誰がやったか、わかる?」
ゆるゆると首を横に振る。美鶴はふーっ! と息を吐く。
「まったくっ!」
まるで自分が嫌がらせを受けたかのような態度。
「いい加減にしなさいよねっ!」
「あっ でも、前にみたいに画鋲入れられてたワケじゃないから」
「どっちも同じよっ」
憮然と答え、口を曲げる。
「いいわ、私が絶対に犯人見つけてあげる」
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